読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日常と日常のあいだのなにか

タイムラインからはみ出した文章をかいたりかかなかったり

ほげほげについて

自分がどうしてこんな性格なのか,自分なりに考えていたらラボメンのみならず,彼氏まで泣かせたので,自分への戒めとしてもここに貼っておきます.
こんなにやばいやつでも大学院で頑張っていけてるんだー,と誰かの励みにでもなってくれれば幸いです.
泣けなかったのではなく,泣ききれなかったが多い中学生時代までだったのかも.

【ほげほげ】
一言で言えば慇懃無礼
態度は丁寧だけど,腹の内で何を思っているか分からんことがあるらしい.
実際そんなに多くのことは考えていません.
3歳のころから習わせてもらっていたピアノが好き.得意とまでは言えないけれど本当に時間を忘れて没頭しちゃう趣味はこのくらい.


【0歳~小学校入学まで】
初孫として爆誕.祖父母に初孫として猫かわいがりされる.
父母は共働きで忙しかったが,ときには喧嘩をしつつ優しい両親.
おばあさん,おじいさんと一緒な部屋で寝ていた時期もあるくらい,おばあちゃん,おじいさんっこだった.
多少礼儀正しすぎる慇懃無礼なお子さまだった以外は,障子を破いたり,カーテンレールを引っ張りまくったり,普通の子供.

幼稚園では,男の子と遊ぶ方が派手な遊びができて楽しかったんだと思う.
女の子から怒られもしたが,よくわからないからポカーンとしてた.
告白してくれた男の子もいたが,当時としては一緒に積み木のお城をつくる友人としか思っていなかった.


【小学校入学~】
小学校入学してからは小学生なりの平和な生活を送っていた.

小学2年
いじめらしきことにも遭ったあと,その子から謝罪の手紙をもらったような気がするが,あほの子だったので,あやまってくれたー,まぁおまえとあんまり遊ばねぇけどな!みたいなことを思って泣いた気がする.すまねぇ.

小学4年
父が若くして亡くなる.
多少の悲しさはあったが,精神年齢がきんちょなので正直びびった.
飯がのどを通らないびっくり体験もあったが,地元のおばちゃんたちがおいしいご飯を作ってくれたので,豆腐うめー,とかで気が紛れた.ありがとう.

父はいわゆる長身な人だったのですが,私自身は異性としてはあんまり長身な人が好きではなかったり,トラウマだったのかもしれません.父がキーボードを買ってくれたりしたのは本当に感謝.仕事も忙しい中,よく見ていてくれたと思います.

※当時としても周囲が心遣いをしてくれたので,あまりしんどかったつもりはありませんが,そうとうトラウマだったらしく,このあたりからいつ家族が亡くなったのか時期があいまいです.
 それでも,血がつながった家族ではありますから,忘れたわけではないです.

・曾祖母が亡くなる.
良妻賢母を地で行くすてきな曾祖母だった.
煮物がおいしかった思い出.叱られるときは怖かったけれど,とっても優しいおばあさん.
家族のことをよく見てくれていて,おかえりとただいまは欠かさない人でした.

・祖母が末期癌の闘病の末,亡くなる.
すごく悲しかったが,お葬式で葬儀場に入ってからめまいがやまなくて,お葬式を欠席してしまったのが心残りだったが,母の一言でそれも救われた.
猫かわいがりだけでなく,礼儀作法や日本文化を教えてくれたのは祖母ですし,ずっとがんばれって言ってくれた原動力だったので,感謝しています.


【~中学校卒業】
いわゆる陰キャラだったのでは,とも思うが,気にもとめてなかった.
おしゃれさんたちはキラキラしていたが,とがっていたので怖かった記憶がある.
吹奏楽部で楽しくやってみた.先輩は怖かったが,優しい先輩だった.

デスノートがはやり,中二病を煩ったせいで自分で自作をはじめる.
誰かを殺したかったとかは一切なく,ただただレプリカを作るのが楽しかったけれど,私がつくったデスノートのせいで学年集会が開かれた.いじめに荷担しうるものであると今なら分かるので,当時は本当に何も考えていないやつでした.
あと,当時は気にもとめていなかったけれど,ノートをカッターで切ったりもったいない.

その後も懲りずにBLEACHにはまり,釘をチャッカマンであぶって打って斬魄刀をつくろうとして,祖父に釘を買いにいかせたりめちゃくちゃやってました.
ちなみに釘で斬魄刀は打てない.無理っすね.

吹奏楽部の中2の先輩と中3の先輩がなんかバトルをはじめた.
めっちゃ怖かったけど,関係ないからあまり気に病むことはなく,争ってるのにひたすらびびってた.

あとはいじめにも荷担してしまった最悪なやつです.
でも,美人だからといってその子をひがんだわけではなかったです.
本当にちゃんと喧嘩したらよかったなと悔やんでいます.


【~高専3年】
2ヶ月間睡眠時間をごりごり削り,高専の学力入試の勉強をして高専に入学,
中学校は提出物を出すのが嫌いだったので,成績がそんなに良くなかった(笑)

地元の狭い人間関係から解き放たれて青春を謳歌していたような気がする.
高専を薦めてくださった中3の担任の先生に感謝しています.

普通に授業中に居眠りしたり,部活のマネージャとして参加したり,楽しかった.
ただ,体力的に元気な方ではなかったので,学力は学年順位で下から数えた方が早かった.

高校3年生まではとりあえずサッカー部マネージャーとかをやったり,のらりくらりやってました.
あとは,とりあえず謝ったら済むと思ってるんじゃないですか,って叱ってくださった高2の担任の先生に感謝しています.その後,隙間時間で勉強をするようになったら,とりあえず学力の順位としては上位1/4くらいまで上がった.
その先生からは編み物を教えていただいたり,本当に嬉しかったです.

あとは,学科ごとの映画のヒロインとして出演させてもらったりも嬉しかったです.
とっても良い経験でした.

【~高専5年】
ETロボコンをはじめたりする.
ETロボコンc言語でごりごり書かれたif文まみれのコードを,無理矢理c++で書けるようにオブジェクト指向を少しかじったり,自分たちのソフトウェアの良さを性能面・テスト面でも第三者にわかりやすく提示することの難しさが分かりました.
あとはチームでうまくやっていくためにマネジメントすることの難しさもちょこっとだけ.
やっぱり誰かだけが一生懸命やっている状況っていうのは不健全な感じがしちゃいますから.

そして,ここでフラグを建てたのかもしれません.
ほげほげが体調を崩しました.ぶっちゃけ入院して手術しました.
これまで,顔がむくんでたり,いろいろコンプレックスはあったのですが,どうやらただただ病気でむくんでいたらしいです.
2ヶ月間病院にいたら,めっちゃやせて,顔のむくみもとれてびっくりしました.
個人的にはめっちゃかわいくなったのでは,と思った.

2ヶ月ETロボコンをお休みしてしまったゆえに,大会当日も無理に学校に行ってしまいましたが,メンバーに心配をかけたり申し訳ないことだらけでした.
でも,自分たちのチームの個性を活かした素敵なものが作れたのではないかなーとちょっと思いました.

研究が高専5年生からはじまっていたので,研究室配属を受けて楽しさを感じた.
数式で理解することの難しさはあれど,Computer Visionをするために実際に手を動かしてみると,わりと楽しかったので研究に素直に打ち込むことができました.
そのおかげで,高専5年生という立場だけれど,学会に出させていただくことができました.

【~専攻科2年】
恋愛に破れて落ち込んだりもするが,もとを返せば自分のせいでした.てへぺろ

あとは,学祭の模擬店で,同じ研究室の男の子と本気で喧嘩しちゃったこともありました.
あれは,人材を適材適所に~っていうところがうまくできていなかったからかもしれませんね.
そいつは誰をどこに配置したらいいかを,その人の個性を踏まえたうえでをよく分かっていた人だったので,次の年の学祭の出し物はうまくやっててちょっと悔しかったです.
だけど本当にいい思い出になった.ありがとう.

研究面では,専攻科の授業がやたら多いこともあり,授業のあとに研究をするために深夜まで学校にいることが少しずつ増えたりもありましたが,本当に楽しくて居残りしていた部分しかなかったので,全く苦に感じていませんでした.それでも,なにかと研究室でのやり残しが多くて申し訳ありませんでした.
たいしたことは成しえませんでしたが,学会に行ったり,研究の面で議論してくださった,指導教員の先生に本当に感謝しています.


【~大学院2年】
すごい人居すぎて萎縮しまくりの1年.あまり自分らしさは出せていなかったかもしれません.
ただし,大学院でしかできないことをたくさんさせてくださったので,今の学校にも感謝しています.

また,研究面では,なにかと研究室の先生方にご迷惑ばかりおかけしてしまう状況でした.
とくに,高専とは全く違って,研究室の先生方が誰が何をしているか,全てを把握していらっしゃらないことになかなか気づくことができず,苦労した面もありました.
ただし,基礎学力があったうえでの勉強などは必ず自分のためになってくるので,基礎から固めて行く必要が少なからずある,という認識を改めて持った一年でした.

研究室の先生方や,研究室のメンバーに負担をかけてしまわないためにも,もう少し自分は変わらなければなと本当の意味で気づけた一年でした.
あとは関西の文化が違いすぎてびっくりしたw

ちゃらんぽらん大学院生で終わってしまうのは今所属している研究室の先生方にも,無理をしちゃって泣かせる大事な人,彼氏もそうですけれど,親にもすごく申し訳ないですし,今まで関わっていただいた全ての先生方にも申し訳が立たないので,もう少し,しゃっきりして,ぼちぼちやれるようになって,やっていきます.

以上,ほげほげでした.